
淡路島(あわじしま)を拠点に写真家活動を行っている平田雅路(ひらた・まさみち)と申します。淡路の生穂(いくほ)は、淡路の彫刻を淡路彫と言わせしめた開正藤・生珉父子をはじめ、木下舜次郎・賢治父子、松田正幸・正彦父子、筒井和男などの名工を多数輩出した地です。現在、岸和田および岸和田周辺で活躍する彫師のほとんどが、淡路彫の名工たちの流れを汲んでいます。岸和田をはじめ泉州地方の人はご存じでしょうが、このような岸和田と淡路との繋がりを知る人は、淡路島では多くありません。恥ずかしながら、生穂に生まれ育った私も、つい数年前までは、その例外ではありませんでした。
同級生に雄一君がいます。保育園からの幼馴染みで、生穂第一小学校と津名中学校まで同じ学校に通っていました。彼の祖父は淡路彫の松田正幸、父は松田正彦。雄一君の自宅は私の実家から歩いて3分の距離で、学校帰りや休日には彼の自宅でゲームをしたり、向かいの広い空き地で野球やサッカーをしたり、近くの生穂川で蟹や魚を捕って遊んだことを、昨日のことのように思い出します。 仕事場から聞こえてくるカンカンカンという心地良い音。当時、松田家が彫師の家系であることは何となく分かっていたのですが、関西一円にその名を轟かせた松田父子とは露知らず。今思えば彫刻のいろはを学んでいたらと思うと残念でなりません。平成12年には正幸さんは帰らぬ人となりました。
私は生穂で生まれ育ち、高校卒業後には転居しましたが、学生時代は生穂賀茂神社の氏子として祭に参加してきました。布団だんじり(太鼓台)の乗り子として、土器屋(からきや)地区太鼓を叩かせてもらったことは懐かしい思い出です。 だんじり彫刻に惹かれたきっかけは、地元から離れ20年ぶりに訪れた平成28年の生穂賀茂神社の春祭でした。宮入が終わってだんじりが据え置かれた後、脚立を立ててだんじりを撮影する方が何人かいました。大阪から来たという方にお話を伺ったところ、「賀茂神社のだんじりは生穂の開さんという職人が彫ったもんばっかりや」と教えてくれました。恥ずかしながら、初めて知った職人の名前であり、だんじり彫刻をじっくりと鑑賞したのも、この時が初めてでした。緻密な細工が施された狭間彫刻は、雅やかな表現の中に力強さも兼ね備えたもので、その流れるような構図の美しさの虜となりました。その後は開父子や松田父子などが手掛けた淡路彫の作品を求めて、島内の祭を中心に、社寺彫刻や置物などの作品を見つけては撮影する日々を送っております。
淡路島の祭では、布団だんじりのほか、舟だんじり、遣いだんじり、投げだんじり、曳きだんじりなどと呼ばれる約300台にも及ぶ多種多様な練り物が奉納されます。だんじりは各地域が競い合って造りあげた郷土の誇りであり財産です。そして、だんじりの装飾品である水引幕や昼提灯などの煌びやかさもさることながら、随所に施された彫刻は、文字をもって表現できないほど素晴らしいものばかりです。今回のイベント「彫物ひねもす博覧会」では、彫師の河合申仁氏や篠笛奏者の森田玲氏のお力を借りながら、淡路の方には地元のだんじりの良さを再認識していただくこと、また、島外の方には淡路彫を通じて淡路島の魅力を知っていただくこと、さらには淡路と岸和田との懸け橋の一助になることができれば幸いです。
写真家 平田雅路